「ふっふ〜ん♪」 思わず鼻歌が洩れてしまう。 気分良く階段を上る足は今にもスキップしちゃいそうだ。 「今晩は・・・うふふ」 にんまりとほくそえんでしまうのを止められない。 だって、こんな良い物を借りられたんだもの。 今、あたしの両腕の中には、ほんわかふんにゃりとした柔らかな温もりが納まっている。 これは、この宿の主人が趣味で開発したという湯たんぽクラゲ。 元々在野の魔道研究者でもある彼が、海が近く冬場は身を切るような寒風吹きすさぶ この村に人を呼ぶ『なにか』を作れないかと考えた結果、 身近な素材であるクラゲの品種改良を思いついたらしい。 キメラを作る要領で、在来種の電気クラゲから程よい熱を発生させる 発熱クラゲを産み出し、更に身体能力を向上させて水から出しても数時間は 平気なようにしたお蔭で、今やこの地方での寒い時期の名物となっているらしい。 「う〜ん、肌触りもいいわね♪」 ス〜リス〜リと弾力のあるクラゲに頬擦りをすると 腕の中で「きゅ〜」とちっちゃく鳴き声がした。 「ん? 痛かったの?ごめんごめん、大事に抱っこしてあげるから、 今夜はしっかりあたしをあっためてね?」 うりゅうりゅとつぶらな瞳に涙を浮かべるオレンジ色のクラゲは、 どこもかしこもぷるぷるしていて丸っこくて とっても可愛くって手放したくなくなっちゃいそうなほど。 宿泊者からも買い取り希望の声が続出しているらしく、 常に新鮮な海水が確保できる人にのみに限定しての販売もあるそうな。 残念ながらあたしはその条件に当てはまらないので、 この子と一緒に寝られるのは今晩のみ。 ……ううっ、願わくば一夜と言わず冬中ずっと抱っこしていたい!! 「さ、今日はここでねんねするのよ〜♪」 パタンと部屋の戸を開いて真っ直ぐベットに進む。 火の気のない部屋はシンと冷え切っていて、熱源はこのクラゲくんしかいないのだ。 お風呂に入って帰って来た時、滑り込むお布団があったかいなんて天国そのものだろう。 「先に入ってお布団を暖めておいてね。あたしはお風呂に入ってくるから」 バサリと掛け布団をはぐって優しくクラゲくんを置いて、 苦しくないように上からふんわりと布団を被せる。 「んじゃ、行ってくるわね」 声を掛けると「きゅ〜っ♪」と布団の端から短い触手が伸びて、 ピタピタとしなやかな動きで手(?)を振ってくれた。 「う〜っ、ほっかほか〜」 貸し切り状態のお風呂はやや温めだったが、ゆったりと浸かったお蔭で 身体の芯から温まっている。 後はクラゲくんの待つヌクヌクお布団に潜り込んで気持ちよく寝るだけ♪ タンタンタン……と、再びリズミカルに階段を上がって……ん? 「何やってんのよ、ガウリイ」 なぜかあたしの部屋の前でパジャマを着込んだガウリイが突っ立っていた。 「なんだ、いないと思ったら風呂に行ってたのか」 なぜか満面の笑みを浮かべながらこっちを向いてスタスタと近寄ってきたと思ったら 「ちょうどいいな」と意味ありげに微笑んで、スルリとあたしの肩を抱いてきて……って? 「ちょ、ちょっとガウリイ何考えてんの!?」 ガウリイによる完全なる不意打ち行動に慌てて声をあげたら、 にっこりと笑って肩を抱く力を強めて一言。 「寝るだろ」と。 「寝るのは寝るけど、だからってどうしていきなりこんなことしてくるのよ!」 力づくで肩に回されてた手を外して向き合うと、ガウリイは「わけがわからん」とでも いいたそうな顔をしてあたしの顔を覗きこんでくるではないか。 「なんだ、照れてるのか?」って、いや照れるには照れてるけど、 それは今現在あんたの顔が近すぎるとかそういう理由であって あんたの腕から逃げた理由はどうしていきなり一緒に寝るなんて話に なっているのかとか、ありえない急展開の原因はなんなのかとか、 わけもわからず密室に連れ込まれちゃあ溜まんないっていうか、 乙女の恥じらいっていうか・・・って、何考えてるあたしっ!? ちょいまて落ち着け、まずは深呼吸よ、リナ=インバース!! 「あたしはどうしてあんたと一緒に、その、寝なくちゃなんないのかって聞いてるのよ!!」 声を張り上げると、ガウリイは目を丸くしてあたしを見つめるではないか。 なんでそんな顔をされなくちゃなんないのかまるでわからない。 「さっき言ってたじゃないか」 ようやく口を開いたと思えばなんの寝言を言っているのかこの男は。 「何を言ったってのよ!?」 動揺した心を隠すように声を荒げたあたしと、今更何を!と言う顔をしたガウリイ。 つかの間の沈黙の後、ゆっくりと口を開いたのは。 「今夜はクラゲくんと一緒♪」って言っただろ」 「い、言ったけど言ってない!」 食事時にそんな話はしたかもしんないけどっ! なんだよそれー。と、不満げに唇を尖らせたりとかいい年した大の大人が 止めなさいよ、にあわな……くはないけどさ。 「あ、あたしが寝るのは、あんたとじゃなくて!」 「日頃あんなにくらげくらげって呼ぶくせにか?」 「それはあんたが悪いんじゃない、いっつも人の話を聞かないから!」 「そっか。……じゃあ」 ほんの僅か、考え込むような素振りを見せたガウリイだったが。 「じゃあ、リナの話は聞かん。だから一緒に寝ような!」と。 にぱっと笑って、あっという間に人の腰を掻っ攫って そのままスタスタとガウリイの部屋へとご案内されてしまった。 「ちょっと、バカ、アホ、くらげ〜っ!!」 「そうだぞ〜♪ リナのクラゲはオレだけだからな〜♪」 えっらく上機嫌なガウリイはあたしを肩に担いだまま、自分の部屋へと。 当然あたしも連れられて……結局、朝まで逃げられませんでした。 「あたしが寝たかったのは強引くらげとじゃないやい!」 「いーだろー、リナだって結構気持ち良さそうに、ぃてっ!」 朝っぱらから恥ずかしいことを言う奴をへち倒したのは、乙女の。 いや、女性として当然のはぢらいって奴よね、うんうん。 そんなこんなで発熱クラゲ君とは縁がなかった代わりに、 携帯できる人間クラゲ湯たんぽが手に入ったことに、なるの、かな? |